UO小説『雪月花』③
『雪月花』③です。
―花の章―
1.
「で、その花が雪月花っていうんだ?」
13,4歳程度の少年ロックが同じくらいの年の少女ミナに問いかけた。
「そうよ、人狼族はみんなこの花をお守りとして持っておくように言われているの」
ミナは雪のように美しい白い花をロックに見せながら答えた。
人狼族の少女であるミナが近くの村に住んでいる人間の少年ロックと出会ってからもう三年になっていた。川に滑り落ち、今にも溺れかけていたロックをミナが助けたのが二人の関係の始まりだった。元々、人狼族はあまり人とは関わらず、小さな村を作り、色々な山奥でひっそりと生活していることが多かったが、それは彼らの体質によるものが理由だった。人狼族は満月の夜の光を浴びると、人狼の姿に変わる特殊な種族だった。最も彼らはただ姿が変わるだけで人を襲うなどといったこともない平和な種族ではあったが、人々はそんな人狼族を恐れ、迫害することがしばしばあった。
ミナとロックの村はミノックの山奥とそのふもとだったが村同士の交流はほとんどなかった。しかし、ロックがミナに助けられて以来、ロックの一家とミナの一家は密かに交流を続けていた。
「ロック、そろそろ帰るぞ」
背中に荷物で膨らんだ鞄を背負った老人がロックに声をかけた。
「うん、じいちゃん」
「気を付けてくださいね。夜の山道は危険ですから」
「ああ、これだけたくさんの秘薬をありがとう。これで村の者たちをまた助けることが出来る」
老人は人間たちの村の治療師だった。彼に声をかけたのは40歳程度の細身の女性だ。着ている衣服も高価なものではなく質素であることが分かる。しかし、とても美しい姿をした女性だった。
「ミナ、あなたもお二人を見送りなさい」
「はい、母様」
二人に見送られながらロックたちはミナたち人狼族の村から自分たちの村への帰途についた。
2.
ある朝、山道を歩く二人がいた。歩いているのは魔法使いのようなローブを着た男と女。どちらも真っ白なローブを身にまとっており、頭にはWizard’s hatを被っている。
「本当にこの奥に人狼たちの村があるの?」
女が言った。
「ああ、この先の村から来たという男がこの花を持っているのを見たからね」
そういって男が懐から取り出したのは、雪のように美しい白い花だった。
「この花は人狼族にしか育てられない」
「そうね。じゃあ、今度はこの村とふもとの村で遊びましょうか」
「ああ、楽しそうだね」
男は鞄から、透明な液体の入った瓶を取り出した。
「この聖水を使えば、人狼はひとたまりもないよ。人間たちに上手く使わせよう」
「そうしよう、そうしよう」
女はコンコンと気持ちの悪い獣のように笑った。そして、次の瞬間、つむじ風が通り過ぎていったと思ったときには二人の姿はどこかへと消えてしまっていた。
3.
夜の森の中、ミナは小さな身体で母を背負いながら歩いていた。母の背中には2本の矢が刺さり、衣服には血が滲んでいる。ふもとの村の人間たちが人狼族の村を襲ってきたのは、今朝のことだった。何があったのか、彼らは怒りに満ちた目で、矢を放ち、剣で切り付けてきた。毒が塗られているのか、人狼たちがその矢や剣を受けると身体が痺れるように動けなくなっていた。どうにか森の中に逃げ込んだミナとその母親だったが、たいまつを片手に生き残りを探す村人たちの手により、ミナの母親にもその毒がたっぷりと塗られた矢が刺さり、ミナは必死の思いで彼女を背負い、逃げていた。
「母様、もう少しで川です。そこまで行ったら毒を洗い流しましょう」
ミナはもう意識が朦朧としている母親に話しかけ続けた。
やがて、二人は川に辿り着いた。ミナは母親を降ろし、水をすくい、矢傷に水をかけ始めた。こんなことで母が助かるのか、そう思う気持ちを押し殺しながらミナは洗い続けた。
「ミナ、ここにいたのか」
声が聞こえた方をミナは振り向いた。そこにはロックが息を切らしながら立っていた。
「村の皆がおかしくなったんだ。村に突然、現れた祈祷師だっていうやつらが、ミナの村にいる人狼を殺せって言い始めて……
俺やじいちゃんは必死で止めたんだけど、誰も言うことを聞いてくれなくって。じいちゃんも人狼の仲間だって捕まって……」
ロックがミナたちの傍に来た。その目からは涙が流れ落ちている。
「ごめんよ。俺たち、何も出来なくって……」
ミナは「ううん、最後に会えて良かった」と言いながら首を振った。
そしてロックの声を聞き、ミナの母親の目が開いた。
「ありがとう、ロックさん。来てくれたのね」
「母様……、気が付かれたのですね」
「えぇ、ミナ。でももう、私は動けないわ。あなただけでも逃げなさい」
「嫌です、母様。それにもう逃げる場所なんてありません」
「大丈夫。雪月花は持っていますね?」
「はい」
ミナは鞄から雪月花を取り出した。
「雪月花があなたをきっと守ってくれるわ。その花は私たち人狼族のお守りだから」
ミナの母親がそう言い終えたと同時に、ミナの雪月花が光り出し、やがて光は全身を覆い始めた。
「さようなら、ミナ」
次の瞬間、ミナの姿が忽然と消えた。混乱するロックにミナの母親はもうかすれ始めた声で話した。
「あの花の別名は“時の花”。危機が迫ったとき、持ち主の人狼族をここではない未来、ここではない場所に運んでくれるの」
「それじゃ、ミナは……未来に?」
ミナの母親は力なく微笑みながら、うなずいた。
「じゃあ、あなたも早く……」
「駄目なの。あの花が送り届けることが出来るのは未来がある子供だけだから」
そう言った後、ミナの母親は鞄から手鏡のようなものを取り出し、ロックに渡した。
「ロックさん、これは私たち人狼族に伝わる魔法の鏡。これは私たちの本当の姿を映し出す鏡ですが、意地の悪い残酷な狐の一族の魂を抜くことも出来るものです。きっと、祈祷師たちの正体は、その狐たちなのでしょう……。この鏡を使って、いつか私たちの仇を取ってください。未来のミナを守ってください」
ロックはミナの母親から手鏡を受け取り、彼女の手を握りしめて言った。
「分かりました。俺が無理でも、俺の子供が、孫がいつかこの手鏡で狐たちを倒しますから」
ミナの母親はニッコリと笑い、ゆっくりと目を閉じた。
4.
人狼族の村が襲われたその日、山のあちこちでは雪月花が光を放ち、そして、たくさんの子供たちが未来へと送られた。
ある子供は船に乗り、川から海へ出ようとしていたとき。
ある子供は幼いころから大切にしている愛刀を握りしめたとき。
ある子供は人間の友と傷ついた母親を村に残し。
ある子供は雪の降る島の海岸で商店を経営する女性に助けられ。
ある子供は禅都の侍の家に拾われ。
ある子供はまた別の人狼族と出会い、子を産み、孫が生まれ、そして自分の生涯を穏やかに終える日が近づいてきていた。
どの人狼の下でも雪月花は美しい、その白い花を輝かせていた。
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老女が話し終えると、少女はすぅすぅと寝息を立てていた。老女は本を閉じ、窓から外を眺めた。窓から差し込む満月の光が二人の人狼族の影を静かに壁に映し出していた。
「この世界にまだ人狼はいます、ロック、母様。」
ここまで読んで頂きありがとうございました。この作品は第三回飛鳥文学賞に提出した作品で、UO本(200ページ)一冊にまとめた、短編連作集でした。
この物語は『人狼ゲーム』を下地にして作った作品ですが気付けば「人狼はいい種族」という何かゲームの基本からずれてしまったような気もしますが、不思議なものですね。はい、すいません。
人狼ゲーム、ルールを知らない方はググって頂いた方が分かりやすいと思いますが、いくつか用語を利用しているので軽く説明をしていきます。
人狼は人に化ける性質をもつ種族で、本来のゲームでは悪役です。毎夜、人を食い殺していき、その人狼が誰かを当てていくのがゲームの基本です。今回の物語では『満月の夜』のみに正体を現す、という形のみとっており、人を食うというのは間違った伝承として扱っています。
霊能者はゲーム内では人狼の正体を見抜くことが出来ます。UO人狼ではBucklerをアイテムとして使用していますが今回は手鏡とさせていただきました。また普通の人狼では妖狐は正体を見抜かれると『呪殺』されるという設定があるため、今回は手鏡のもう一つの効果として『妖狐抹殺』の効果を与えました。
妖狐はUO人狼では人狼側の存在ですが一般的には第三陣営と呼ばれ、村人・人狼陣営いずれかが勝利したときに生き残っていると勝利となります。そのため、今回は「人間」と「人狼族」を引っ掻き回す存在として登場させています。
最後の台詞である「この世界にまだ人狼はいます」はゲーム内で使われる「この村に人狼はいます」からですが多分、ゲームをやったことがある人はピンと来てくれてるんじゃないかなと思います。
この物語は「雪の章」「月の章」「花の章」の大きく三つで構成していますが、時系列的には花 → 月 → 雪の順に流れています。それぞれに色々な繋がりがあります。ロックの一族の子孫がスフィーダ、そしてサラになります。スフィーダの時点で手鏡が壊れ、霊能者としての一族の生き方は終わっていますが、サラは時を超えてきた人狼のキールに偶然、命を救われています。また平蔵は霊能者であるスフィーダにより命を救われた形になります。このようにロックの一族が人狼を助けることもあれば人狼がロックの一族を助けたりもしています。そういう視点でまた見て頂けるとより楽しめるかもしれません。
ここまで読んで頂きありがとうございました。また感想、ご意見などあれば是非是非お待ちしています!